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ディズニーミュージカルの日本語吹き替えについて(アナ雪編)

先日の記事では触れられなかったのですが、シンデレラを観た際、同時上映の「アナと雪の女王 エルサのサプライズ(原題:Frozen Fever)」も観て、「アナ雪は『ディズニークラシック』として後世に残っていくんだろうな〜」と改めて感じました。


『アナと雪の女王/エルサのサプライズ』予告編 - YouTube

その勢いで、ずっと気になっていた本ディズニープリンセスと幸せの法則(荻上チキ著)」を一気読み。

「白雪姫からアナ雪までのプリンセスとその幸せの形の変遷を辿る」という感じの内容で、さらっと読めて納得度が高い、ディズニー長編アニメ好きには非常に楽しい一冊でした。
(ただ、読者が「ほぼすべてのディズニー長編アニメを観ている」ということを前提にしているため、超ネタバレ全開です)

変遷を辿ることで、アナ雪という異様な大ヒット作が「突然発生したもの」ではなく「これまでのディズニー長編アニメの流れの中にある進化系」であることがよく分かり、ファンとしてはすごく感慨深い…!

ただ、本を読んでいて気になることが1点、それは「日本語吹き替え版の歌詞」です。

アナ雪の日本語吹き替えについて

ディズニープリンセスと幸せの法則(荻上チキ著)」のなかでも、アナ雪は特にクローズアップされ、細かく考察されています。そのなかで英語版(原版)の歌詞と日本語吹き替え版の歌詞を比較する」というくだりがいくつかありました。私はここが気になったのです。

松たか子さんと神田沙也加さん、お二人の名演技と歌声により、アナ雪の日本語吹き替え版は近年稀に見る日本語ミュージカルアニメだったと思います。特にその歌声は、可愛らしくかつ迫力があり、「リトル・マーメイド」のアリエルを始めとする歴代のプリンセス達を彷彿とさせます。まさにディズニー懐古厨には涙モノ。

しかし、アナ雪の「日本語吹き替え版の歌詞」には、私も劇場公開時からほんの少しひっかかりを感じていました。「これはこれで好きだけど、なんか英語版からニュアンスが変わってない…?」と。

※ちなみに、私は「英語版(原版)」も「日本語版」も両方好きです!!

エルサ = 引きこもり?

公開当初から、アナ雪は大絶賛の一方で、様々なメディアで、様々な人から意見やコメントを受けていました。ディズニー映画がテレビなどのオープンな場で言及される事自体、それ以前では少なかった事だと思います。
その一つとして、

「アナ雪って、引きこもりの話?」

というコメントを私も耳にしました。この「エルサ = 引きこもり」という印象を決定づけたのは「For The First Time in Forever(生まれてはじめて)」という、エルサの戴冠式前に歌われる曲の、

一人でいたいのに
誰にも会いたくない

という部分だと思われます。
戴冠式の儀式の練習をするエルサが歌う歌詞です。確かにこの歌詞を見ると、「エルサは自ら望んで城に閉じこもることを選んでいる = 引きこもっている」という印象。しかし英語verはどうでしょう。

Don't let them in
don't let them see
Be the good girl you always have to be

日本語訳すると「だれも入れてはいけない、誰にも見せてはいけない、常にいい娘でいなければいけない」といった感じでしょうか。とにかくかなりニュアンスが異なることが伝わるかと思います。
そしてこの「don't let them in - 」というフレーズは、アナ雪の中で何度も繰り返されます。

  1. エルサの父(王様)がエルサに対して言い聞かせる場面
    • 「Do You Want To Build A Snowman(雪だるまつくろう)」の曲中のワンシーン。エルサが王様から手袋をもらう(つけさせられる)シーンですね。(厳密には歌詞ではなくセリフです)
  2. エルサ自身が自分に対して言い聞かせる場面
    • For The First Time in Forever(生まれてはじめて)」の前述のシーンです。
  3. エルサが雪山で自分の境遇を歌う場面
    • みんな大好き「Let it go」の前半、手袋を放り投げる印象的なシーンのちょっと前です。

この3回の反復から、「エルサは自ら望んで城に閉じこもったというよりは、あくまで父の言いつけを厳守していた(父の死後も)」「そしてその言いつけを破って自らを開放した」ということが分かります。(手袋 = 父の言いつけなのかも?)

様々な社会問題のメタファーであると評論されるアナ雪ですが、英語歌詞では、エルサは引きこもりというより社会から隠されてきた人 = 障碍者(「私宅監置」「隔離政策」)のメタファーのように感じられます。しかし日本語吹き替えの歌詞では3回の「don't let them in - 」にそれぞれ違う訳が当てられています。この違いは、話全体の印象を大きく左右するのではないでしょうか。

「日本語吹き替え歌詞で反復がなくなっている」といえば、「塔の上のラプンツェル(原題:Tangled)」でも。


塔の上のラプンツェル最新予告【高画質】 - YouTube

ヴィラン(悪役)であるゴーテルの歌う「Mother Knows Best(お母様はあなたの味方)」にもそういう箇所が見られます。

Mother knows best
Listen to your mother
It's a scary world out there
Mother knows best
One way or another
Something will go wrong, I swear

というように、タイトルにもなっている「Mother knows best(母親にはすべてお見通しよ)」というフレーズを、曲内で何度も繰り返します。そしてこれが、後半に歌われる「Mother Knows Best (リプライズ)」では、

Rapunzel knows best
Rapunzel's so mature now
Such a clever grown-up miss
Rapunzel's knows best
Fine, if you're so sure now
Go ahead, then give him this

と「Rapunzel knows best(ラプンツェルにはすべてお見通しなのかしら?)」というフレーズに変わり、ゴーテルの「嫌味っぽさ」そして「ヴィランとしての怖さ」を強調しているように感じられます。
(ここのゴーテルの迫力は、それこそ「リトル・マーメイド」のアースラ級なので、ヴィラン好きにはたまりません)

一方日本語吹き替え版では、

[お母様はあなたの味方]
信じなさい お母さまを 外は危ない
信じなさい 危険なものが ウヨウヨしてる

[お母様はあなたの味方(リプライズ)]
自分は大人で なんでも分かってるつもりなの お利口さんだこと
でもお嬢ちゃん それならあいつに 渡してみるがいい これを

ニュアンスは変わっていないものの、繰り返しによる強調はなされていません。

「そもそも、リプライズって何よ?」という方は、

リプライズとは?

こちらのページがすごくまとまっていました。ミュージカルでよく用いられる、繰り返しの手法です。

「Let it go」はポジティブな曲?

もはや、「アナ雪といえば"ありのまま"、"ありのまま"といえばアナ雪」というくらい定着した、「Let it go(日本語吹き替え)」の、

ありのままの 姿 見せるのよ
ありのままの 自分になるの

というキラーフレーズ、英語版ではどうかというと、

Let it go, let it go
Can't hold it back anymore
Let it go, let it go
Turn away and slam the door

となっています。
「Let it go」と「ありのままの」のニュアンスの違いに関しては、いろんな方が既にまとめています。

"Let it go"と「ありのまま」の違い(小野昌弘) - 個人 - Yahoo!ニュース

kiwi-english.net

「これでいいの」という繰り返し2回目の歌詞のほうが、「Let it go」の意味には近いようですね。
加えて「Turn away and slam the door(背を向けてドアをバタンと閉めて)」というフレーズ、あまりポジティブな響きは感じられません。

作品の構想段階では、エルサはヴィランだったというのは有名な話ですが、「Let it go」も元々はヴィランズナンバー(悪役のための曲)です。しかしあまりに素晴らしい曲ができてしまったので、「こんな良い曲を歌うのはヴィランじゃないだろ」→ ダブルヒロインのストーリーに改変 というのが事の顛末のようです。

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headlines.yahoo.co.jp

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英語版の「Let it go」の歌詞には、エルサの「開放された」「自由だ」という喜びと、ヴィランズナンバーだった頃の名残」というか、「もしかしたら悪役化していたかもしれないエルサの危なっかしい感情」みたいなものが混在しています。個人的に特に「ヴィランっぽいなー」と思うフレーズは以下の3つ。

  • No right, no wrong, no rules for me, I'm free!
  • I'm never going back, the past is in the past
  • That perfect girl is gone

ディズニーミュージカルで、これはかなり目新しいことでしょう。
この「白黒はっきりしないグレーな曲」をメインナンバーとして力強く歌い上げたことこそが、アナ雪の最大の新規性であり、大きな魅力だと私は感じています。

一方日本語吹き替え版の歌詞では、「Let it go」は極めてポジティブで、自分を支配していたものからの開放を素直に、力強く、純粋に喜んでいるよう曲(ホワイトな曲)に聞こえます。先ほど上げたフレーズを例に比較すると、

  • No right, no wrong, no rules for me, I'm free! → そうよ変わるのよ 私

  • I'm never going back, the past is in the past → 輝いていたい もう決めたの

  • That perfect girl is gone → 自分信じて

という具合です。これはこれで、後々の展開とのコントラストになってすごく良いと思うのですが、「Let it go」をホワイトな曲と捉えるか、グレーな曲と捉えるか という違いは、やっぱり全体の印象に大きく関わるのではないかと思います。

結論: 字幕版、吹き替え版、できればどっちも観てほしい

これは個人的な意見ですが、私はディズニーミュージカルにおいて日本語吹き替え版と英語版の曲は別物だと思っています。その最大の理由は、「リップシンク」です。

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英語を発音する口に合わせて日本語を載せるのだから、当然「そのまま訳す」わけにはいきません。意訳に意訳を重ねて、「訳として成立していること」「日本語として不自然でないこと」、さらにミュージカルの場合は「(日本語として)良い歌詞であること」を両立させることが必要となります。
この「(日本語として)良い歌詞であること」を目指した努力が、過去の素晴らしいディズニーミュージカルの名訳を生んでいるのではないでしょうか。
(特にリトル・マーメイドの日本語吹き替え版[1989年]は、本当に最高です…!!)
しかし、過去の作品では曲が別物になっていても作品の印象が変わることはなかったように思います。ではなぜ、アナ雪は作品全体の印象が変わってくるのか?

アナ雪は、過去の作品と比べると、作品が伝えようとしているメッセージが少し複雑です。そして作品がミュージカルとして優れており、そのメッセージは歌に込められています。故に歌詞のニュアンスが変わると、メッセージの伝わり方(プライオリティなど)が変わり、話全体の印象が変わるのではないか というのが私の仮設です。
加えて、「日本語吹き替え版」の消費者の多くは日本人です。つまり訳す際に「日本人の心に響くにはどうすればよいか」という事も考えなければならないのでしょう。それを考えた結果が、「エルサ = 引きこもりのメタファー」という解釈や、「ありのままの」というキラーフレーズの誕生なのだと思います。

つまり、アナ雪に関しては、曲に限らず、作品自体が日本語吹き替え版と英語版では別物になっていると、私は思うのです。 もしもどちらか片方だけ観て、「なんかピンとこないな〜」と思った人には、ぜひぜひ、自分がまだ見ていないバージョンを見て頂きたい!印象がかなり違う可能性があります!

スーパー長い記事になってしまった…。本当は「リトル・マーメイドの日本語吹き替え版歌詞 修正問題」や、「ベイマックスの本気すぎる日本語吹き替え」などにも触れたかったのですが、それはまた今後まとめられればと思います。